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東京地方裁判所 平成9年(ワ)20615号 判決 1999年8月24日

原告

和田功

右訴訟代理人弁護士

今村核

被告

日本貨物鉄道株式会社

右代表者代表取締役

金田好生

右訴訟代理人弁護士

茅根煕和

春原誠

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金九七五万八六〇〇円並びにそのうち別紙目録1及び2の各内金欄記載の各金員に対する同目録1及び2の各起算日欄記載の各年月日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

被告は、日本国有鉄道の分割・民営化に伴い昭和六二年四月一日に設立され、同日施行した就業規則により満六〇歳定年制を導入し、当面五五歳を定年とし、経営の状況等を勘案して逐次六〇歳に移行することとしていたが、平成二年四月一日に就業規則を改正して満六〇歳定年制を実施するとともに、「六〇才定年実施に伴う社員規程」を制定し、満五五歳以上の労働者は原則として出向し、基本給月額は満五五歳時点でのそれの六五パーセントとし、昇給・昇格はないこととした。本件は、かつて日本国有鉄道の職員であり、被告に採用された原告が、満五五歳到達により右の基本給減額等の措置を受けたが、右の措置は就業規則を不利益に変更するものである等と主張して、右の措置がないものとして賃金及び遅延損害金を請求する事案である。

一  争いのない事実等(争いのない事実のほか、証拠により認定した事実を含む。認定の根拠とした証拠は各項の末尾に挙示する)

1  原被告間の雇用契約

被告は、日本国有鉄道の分割・民営化に伴い昭和六二年四月一日に設立された貨物鉄道事業等を業とする株式会社である。原告は、昭和一二年九月二一日生まれで、昭和三三年九月一日日本国有鉄道に雇用され、以来その職員であったが、昭和六二年四月一日被告の従業員として採用された。

2  原告の出向

原告は、五三歳であった平成三年四月一日から出向に応じ、同日から平成五年三月三一日まで、被告の関連会社であるジェイアールエフ・パトロールズ株式会社へ出向して住友電設株式会社の本社ビル等の警備員の作業に従事し、平成五年四月一日からは飯田町紙流通センターへ出向して紙の入出庫事務に従事し、平成六年五月一日から同年一一月三〇日まで自己都合休職し、同年一二月一日からは日本運輸倉庫株式会社へ出向してトラックで運搬された荷物(薬品)の区分け作業に従事し、平成九年九月三〇日まで勤務した。(書証略、原告本人)

3  原告の六〇歳到達

原告は、平成九年九月三〇日満六〇歳に達し、定年退職となった。

4  就業規則の規定内容

被告の就業規則等の規定内容は次のとおりである(できる限り原文の表現を尊重したが、縦書きの文章に直す等の事情から、内容を損なわない限度で表現を改めた箇所もある)。

(一) 就業規則(昭和六二年四月社達第三号、書証略)の制定当時の規定

第三章 人事

二八条一項

会社は、業務上の必要がある場合は、社員に転勤、転職、昇職、降職、昇格、降格、出向、待命休職等を命ずる。

第五章 退職及び解雇

(退職)

四一条

社員は、次の各号の一に該当する場合は、退職するものとする。

(1) 定年に達した場合

(定年)

四五条一項

社員の定年は満六〇才とする。

四五条二項

定年退職日は、社員が定年に達する日の属する月の末日とする。

附則四項

第四五条第一項の規定にかかわらず、定年は、当面五五才とし、経営の状況等を勘案して、逐次六〇才に移行するものとする。

(二) 就業規則(昭和六二年四月社達第三号、書証略)の平成二年四月から施行された改正された規定

第三章 人事

二八条一項

会社は、業務上の必要がある場合は、社員に転勤、転職、昇職、降職、昇格、降格、出向、待命休職等を命ずる。ただし、満五五才に到達した社員については、昇職、昇格等は行わない。

二八条二項

満五五才に到達した社員に関する事項については、六〇才定年実施に伴う社員規程(平成二年三月社達第一八号)の定めるところによる。

第五章 退職及び解雇

(退職)

四一条

社員は、次の各号の一に該当する場合は、退職するものとする。

(1) 定年に達した場合

(定年)

四五条一項

社員の定年は満六〇才とする。

四五条二項

定年退職日は、社員が定年に達する日の属する月の末日とする。

(三) 六〇才定年実施に伴う社員規程(平成二年三月社達第一八号、書証略)

(人事上の取扱い)

二条一項

満五五才に到達した日の属する月(以下、「五五才到達月」という)の翌月以降、原則として出向するものとする。

(出向の取扱い)

七条一項

出向の取扱いは、出向規程の定めるところによる。

七条二項

出向期間は、原則として退職日までとする。

七条三項

出向中の賃金は、会社基準により支給する。

(基本給等)

八条

満五五才に到達した社員の基本給は、次の各号により算出した金額とし、等級、号俸の発令は行わない。

(1) 基本給月額は、その者の五五才到達月における基本給月額に六五/一〇〇を乗じて得た額(一〇〇円単位に切上げ)とする。

(2) 第一二条の適用を受けた者の基本給月額はその者の五五才到達月における基本給月額に五五/一〇〇を乗じて得た額(一〇〇円単位に切上げ)とする。

二  争点

1  昭和六二年四月一日施行の就業規則による日本国有鉄道とその職員との間の労働契約関係の不利益変更の有無

2  平成二年四月一日改正による就業規則の不利益変更の有無

3  年齢による差別の不合理性(公序違反)の有無

4  労働基準法三条違反の有無

5  同一労働同一賃金の原則違反(公序違反)の有無

第三当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者及び本件雇用契約

争いのない事実等1から3までのとおり。

2  昭和六二年四月一日施行の就業規則による日本国有鉄道とその職員との間の労働契約関係の不利益変更

(一) 日本国有鉄道の就業規則は定年制を採っておらず、満五五歳を超えた者に対しては退職勧奨がされたが、退職するか否かはあくまでも労働者の選択にゆだねられていた。退職の意思表示をした者の退職年月日は、その意思表示をした年度の末(三月三一日)であった。

(二) 被告は、昭和六二年四月一日施行した就業規則により満六〇歳定年制を導入し、附則四条によって当面五五歳を定年とし、経営の状況等を勘案して、逐次六〇歳に移行することとした。被告の労働者は、これによって、満五五歳に到達する日の属する月の翌月以降、その意思にかかわらず、被告の従業員たる地位を喪失させられるようになった。

(三) 被告は、日本国有鉄道とその職員との間の労働契約に基づく権利義務関係を承継したから、被告が新たに就業規則を制定して右権利義務関係を一方的に労働者の不利益に変更した場合は、就業規則の不利益変更の問題となる。

3  平成二年四月一日改正による就業規則の不利益変更

(一) 被告は、昭和六二年四月一日施行した就業規則により満六〇歳定年制を導入し、附則四条によって当面五五歳を定年とし、経営の状況等を勘案して、逐次六〇歳に移行することとしていたが、この附則は満六〇歳定年制を実施することと引換えに労働条件を引き下げることには何も言及していなかった。ところが、被告は、平成二年四月一日に就業規則を改正し、従前の附則四条を削除して満六〇歳定年制を実施し、満五五歳に到達した社員については昇給・昇格を行わないことを規定する(二八条一項ただし書)とともに、「六〇才定年実施に伴う社員規程」(平成二年三月社達第一八号)を制定し、満五五歳以上の労働者は原則として出向し、基本給月額は満五五歳時点でのそれの六五パーセントと規定した(二条、八条)。

(二) 昭和六二年四月一日施行された就業規則によれば、労働者は労働条件の切り下げなしに定年が満六〇歳へと逐次移行することを期待することができた。しかるに、被告は、就業規則二八条一項ただし書並びに「六〇才定年実施に伴う社員規程」二条及び八条(以下「五五歳到達者処遇規定」という)により一方的に労働条件を切り下げたのであり、就業規則を労働者の不利益に変更したものというべきである。

(三) 右不利益変更に合理性はない。満六〇歳定年制は既に昭和六二年四月一日施行の就業規則により導入されており、その実施は右不利益変更の代償措置となり得るものではないからである。

4  年齢による差別の不合理性(公序違反)

憲法一四条及び国際人権規約B規約二六条は不合理な差別を禁止しており、これら規範は労働契約関係においても間接的に適用され、公序を形成している。五五歳到達者処遇規定は年齢のみを理由として不合理な差別をするものであるから公序に反して無効である。

5  労働基準法三条違反

五五歳到達者処遇規定は、自己の意思によっては逃れることのできない年齢という社会的身分を理由として賃金その他の労働条件について差別的取扱いをするものであるから、労働基準法三条に違反する。

6  同一労働同一賃金の原則違反(公序違反)

原告は、満五三歳のときにジェイアールエフ・パトロールズ株式会社へ出向となった。出向先における労働は、満五五歳以上の者と満五五歳未満の者とで同一である。しかるに、賃金水準としては前者が後者の六五パーセントしか支給されない。これは、同一労働同一賃金の原則に違反する。同一労働同一賃金の原則の根底にある均等待遇の原則は公序であり、同一労働であるにもかかわらず、年齢のみを理由として著しい賃金差別をすることは公序に反する。よって、五五歳到達者処遇規定は無効である。

7  未払賃金

(一) 原告は、平成四年九月に満五五歳となり、同年一〇月から基本給及び賞与(基本給の五箇月分)をそれぞれ三〇パーセントカットされた。原告の同年九月における基本給は三三万五四〇〇円であり、同年一〇月以降の基本給は二三万四七八〇円である。よって、原告が定年退職に至るまで受けることのできなかった給与及び賞与の合計額は次のとおり八五五万二七〇〇円である。

(335,400-234,780)×(60+25)=8,552,700

(二) 被告においては一年間に四号俸定期昇給がされる。原告は平成四年九月の時点において五等級一一四号俸であった。原告の昇給が停止されてから退職に至るまでの昇給金額は次のとおりである。

平成五年四月一日から平成六年三月三一日まで

五等級一一八号俸 九万六九〇〇円

5,700×(12+5)=96,900

平成六年四月一日から平成七年三月三一日まで

五等級一二二号俸 九万六九〇〇円

5,700×(12+5)=96,900

平成七年四月一日から平成八年三月三一日まで

五等級一二六号俸 九万六九〇〇円

5,700×(12+5)=96,900

平成八年四月一日から平成九年三月三一日まで

五等級一三〇号俸 九万五二〇〇円

5,600×(12+5)=95,200

平成九年四月一日から平成九年九月三〇日まで

五等級一三四号俸 四万五六五〇円

5,500×(6+2.3)=45,650

8  よって、原告は、被告に対し、本件雇用契約に基づき、未払賃金合計金九七五万八六〇〇円及びそのうち、第一(請求)のとおり、各金員に対する各起算日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2(一)の事実は認める。ただし、退職勧奨の対象者は「年齢五〇歳以上又は勤続三〇年以上の者」である。

(二)の事実は認める。

(三)の主張は争う。被告は、日本国有鉄道とその職員との間の労働契約関係を引き継ぐことはなく、設立委員が日本国有鉄道を通じて社員を新規に募集して採用したのであるから、日本国有鉄道における定年制にかかわらず、被告が定めた定年が被告と社員との間の労働契約の内容になる。被告の発足時の就業規則が定める定年制は前記のとおりであり、この定年に関する労働条件は、社員の募集に当たり日本国有鉄道の職員に個別に書面で明示されていたのであるから、日本国有鉄道の職員は五五歳定年を了承のうえ募集に応じたものである。したがって、被告の発足時の就業規則において五五歳定年制を定めたことが就業規則の不利益変更の問題とされる余地はない。

3  同3(一)の事実は認めるが、主張は争う。(二)の就業規則の不利益変更に当たる旨の主張は争う。(三)の事実(満六〇歳定年制は既に昭和六二年四月一日施行の就業規則により導入されていたこと)は認めるが、主張は争う。

被告は、平成二年四月一日の就業規則の改正以前は五五歳の定年制を採っていたから、五五歳以上の者の労働条件について就業規則上何ら定めを置いていなかった。就業規則の右改正により満六〇歳定年制に移行する際にこれまで規定のなかった五五歳以上の者の労働条件を新たに規定したものである。したがって、就業規則の右改正は既存の労働条件を変更したものとはいえないから、不利益変更を論ずる余地はない。

4  同4は争う。

5  同5は争う。

6  同6は争う。

7  同7(一)の事実のうち、原告が平成四年九月に満五五歳となったことは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。原告は、平成四年九月三〇日に六〇歳定年実施に伴う社員規程に基づき、退職手当の支給を受けているから、同年一〇月以降の基本給は従前の基本給の六〇パーセントであり、金額としては二〇万一三〇〇円である。また、原告の計算では原告が平成六年五月一日から同年一一月三〇日まで自己都合休職した事実は全く考慮されていない。

同7(二)の事実のうち、被告においては原則として一年間に四号俸定期昇給がされることは認めるが、主張は争う。

8  同8は争う。

三  抗弁

1  平成二年四月の就業規則改正による六〇歳定年制の合理性

平成二年当時我が国の大企業においては六〇歳定年制への移行が相当進んでいた。同年四月から年金法が改正され、日本国有鉄道共済組合の退職共済年金の支給開始年齢が従来の五八歳から六〇歳となった。被告は、五五歳以降年金支給開始まで五年間の空白が生ずることに配慮して、社員の雇用の場を確保するために定年を六〇歳に延長することとし、その間の労働条件について検討を開始した。

被告は、発足時から売上高人件費率が高く、平成元年度では四一・四パーセントに上り、人件費が会社の経営を圧迫する一つの主要因となっていた。被告は、発足後平成元年度までは好景気に支えられ、わずかに黒字を計上していたが、平成元年度末ころにおいては、景気後退期に入って売上げが落ち込めば、人件費の負担により赤字経営に転落する恐れが十分予想された。現に、被告は、平成四年度までは黒字を計上したものの、平成五年度以降景気の低迷等による売上高の減少により赤字が続いている。また、平成二年四月一日時点の被告の社員の平均年齢は四二歳と高くなっており、定年延長により数年後には人件費が急増する事態も予想された。被告は、右のような状況から、他のJR各社の動向も踏まえ、基本給を五五歳到達月の基本給の六五パーセントとすること、その他の手当は五五歳未満と同様とすること、定期昇給は実施しないが、ベースアップは五五歳未満の社員と同様の率で実施することとした。

被告は、発足当時は余力人員は存在しなかったが、その後の業務効率化によって余力人員が発生したため、そのほとんどを出向させ、平成二年四月当時出向者は約二五〇名を数えた。定年を延長すれば余力人員が更に増加するため、五五歳以上の社員は原則として出向することとした。

被告は、以上の検討を経たうえで、就業規則の改正、「六〇才定年実施に伴う社員規程」(平成二年三月社達第一八号)の制定により、五五歳到達者処遇規定を整備し、平成二年四月一日から施行した。

被告は、平成二年一月三一日以降労働組合に対して定年を五五歳から六〇歳に延長し、それに伴う労働条件を前記のようにすることを提案した。被告には八つの労働組合があるが、五〇名以上の組合員を有する組合は五組合あり、そのうち、日本貨物鉄道労働組合及び日本貨物鉄道産業労働組合は被告の提案を了承し、同年二月二三日、それぞれ「定年延長等に関する協定」を締結した。平成九年四月時点における日本貨物鉄道労働組合及び日本貨物鉄道産業労働組合の組織人員(被告在籍者)はそれぞれ六八五〇名及び一三五〇名であり、右協定の締結を拒否した国鉄労働組合、全国鉄道力車労働組合及び国鉄千葉動力車労働組合の組合人員(被告在籍者)はそれぞれ一九六〇名、二六〇名及び九〇名であるから、平成二年四月一日実施の五五歳到達者処遇規定を内容とする六〇歳定年制は、被告の社員の約八割を占める組合員を擁する労働組合の同意を得て実施されたものであり、その合理性が裏付けられている。

2  時効

原告の未払賃金のうち、平成七年九月三〇日以前に支払期が到来していたものについては、被告は二年間の時効を援用する。

四  抗弁に対する認否

抗弁1及び2の主張はいずれも争う。

第四当裁判所の判断

一  昭和六二年四月一日施行の就業規則による日本国有鉄道とその職員との間の労働契約関係の不利益変更について

原告は、被告が、日本国有鉄道とその職員との間の労働契約に基づく権利義務関係を承継したことを理由に、被告が新たに就業規則を制定して右権利義務関係を一方的に労働者の不利益に変更した場合は、就業規則の不利益変更の問題となる旨主張する。

しかしながら、被告は日本国有鉄道とその職員との間の労働契約に基づく権利義務関係を承継していないのであり、原告の右主張はその前提を欠くものといわざるを得ない。すなわち、日本国有鉄道改革法(昭和六一年一二月四日法律第八七号。以下「改革法」という)は、日本国有鉄道による鉄道事業等の経営が破綻し、公共企業体による全国一元的経営体制の下においてはその事業の適切かつ健全な運営を確保することが困難となった事態に対処して、これらの事業に関し、輸送需要の動向に的確に対応し得る新たな経営体制を確立するため、旅客鉄道事業の分割及び民営化(六条)を行うほか、貨物鉄道事業の経営を旅客鉄道事業の経営と分離してその経営組織を株式会社とすることとし、貨物鉄道事業を経営する株式会社として、日本貨物鉄道株式会社を設立し、日本国有鉄道が経営している貨物鉄道事業をこの会社に引き継がせるものとした(八条)。改革法は、日本国有鉄道の事業等の承継法人への引継ぎについては、運輸大臣が、閣議の決定を経て、その事業等の引継ぎ並びに権利及び義務の承継等に関する基本計画を定め(一九条一項)、基本計画は、承継法人に引き継がせる事業等の種類及び範囲に関する基本的な事項、承継法人に承継させる資産、債務並びにその他の権利及び義務に関する基本的な事項、日本国有鉄道の職員のうち承継法人の職員となるものの総数及び承継法人ごとの数等の事項について定めるものとし(一九条二項)、日本国有鉄道は運輸大臣の指示により承継法人ごとに、その事業等の引継ぎ並びに権利及び義務の承継に関する実施計画を作成して運輸大臣の認可を受けなければならないこととし(一九条三項、五項)、実施計画は、政令で定めるところにより、当該承継法人に引き継がせる事業等の種類及び範囲、当該承継法人に承継させる資産、当該承継法人に承継させる国鉄長期債務その他の債務、そのほか当該承継法人に承継させる権利及び義務等の事項について記載するものとし(一九条四項)、認可を受けた実施計画(以下「承継計画」という)において定められた日本国有鉄道の事業等は、承継法人の成立の時において、それぞれ、承継法人に引き継がれるものとし(二一条)、承継法人は、それぞれ、承継法人の成立の時において、日本国有鉄道の権利及び義務のうち承継計画において定められたものを、承継計画において定めるところに従い承継することとした(二二条)。他方、設立委員は、日本国有鉄道を通じ、その職員に対し、それぞれの承継法人の職員の労働条件及び職員の採用の基準を提示して、職員の募集を行うものとし、日本国有鉄道は、右によりその職員に対し労働条件及び採用の基準が提示されたときは、承継法人の職員となることに関する日本国有鉄道の職員の意思を確認し、承継法人別に、その職員となる意思を表示した者の中から当該承継法人に係る同項の採用の基準に従い、その職員となるべき者を選定し、その名簿を作成して設立委員等に提出するものとし、その名簿に記載された日本国有鉄道の職員のうち、設立委員等から採用する旨の通知を受けた者であって改革法附則二項の規定の施行の際現に日本国有鉄道の職員であるものは、承継法人の成立の時において、当該承継法人の職員として採用されることとし、承継法人の職員の採用について、当該承継法人の設立委員がした行為及び当該承継法人の設立委員に対してなされた行為は、それぞれ、当該承継法人がした行為及び当該承継法人に対してなされた行為とすることを規定して、設立委員による承継法人の職員の採用の手続について定めた(二三条)。改革法は、さらに、国は、日本国有鉄道が承継法人に事業等を引き継いだときは、日本国有鉄道を日本国有鉄道清算事業団に移行させ、承継法人に承継されない資産、債務等を処理するための業務等を行わせるほか、臨時に、その職員の再就職の促進を図るための業務を行わせるものとする(一五条)等の措置を定めた。

以上の規定によれば、改革法は、承継法人の職員については、承継法人に引き継がせる事業等、承継法人に承継させる資産、債務、権利、義務と区別し、日本国有鉄道とその職員との労働契約関係を承継法人(新会社)に承継させないこととしたものと解するのが相当である。

証拠(略)によれば、設立委員が、日本国有鉄道を通じ、その職員に対し、被告の職員の労働条件及び職員の採用の基準を提示して、職員の募集を行った際、日本国有鉄道は、定年は六〇歳とするが、当面五五歳とし、経営の状況等を勘案して逐次六〇才に移行する旨を記載した文書をその職員全員に配布することとしたことが認められ、この事実に基づいて考えると、原告も当時右文書を配布されたものと推認することができる。この推認に反する(書証略)部分及び原告本人の供述部分はたやすく採用することができない。

そうすると、被告が昭和六二年四月一日に施行した就業規則により満六〇歳定年制を導入したことが、日本国有鉄道とその職員との間の労働契約に基づく権利義務関係を一方的に労働者の不利益に変更したものとなる旨の原告の主張はその前提を欠くものといわざるを得ないし、原告が前記文書を受領して定年に関する労働条件を承知した上で募集に応じ、被告の職員として採用されたことからすれば、原告の前記主張に理由がないことは明らかである。

二  平成二年四月一日改正による就業規則の不利益変更について

原告は、被告が五五歳到達者処遇規定により一方的に労働条件を切り下げ、就業規則を労働者の不利益に変更した旨主張する。

しかしながら、被告は、平成二年四月一日の就業規則の改正以前は五五歳の定年制を採っていたから、五五歳以上の者の労働条件について就業規則上何ら定めを置いていなかったのであり、就業規則の右改正により満六〇歳定年制に移行する際にこれまで規定のなかった五五歳以上の者の労働条件を新たに規定したものである。したがって、就業規則の右改正は既存の労働条件を変更したものとはいうことはできない。

もっとも、このような場合であっても、就業規則の作成又は改正により定められる労働条件は合理的なものでなければならず、これを肯定できるときにその法的規範性を認めることができるものと解するのが相当である。

そこで、その見地から検討すると、証拠(略)によれば、抗弁1の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はないから、平成二年四月の就業規則改正による六〇歳定年制の合理性を肯定することができる。

よって、右のとおり改正された就業規則による六〇歳定年制の法的規範性を肯定することができる。

三  年齢による差別の不合理性(公序違反)について

憲法一四条及び国際人権規約B規約二六条は不合理な差別を禁止しているが、事柄の性質に応じて合理的と認められる差別的取扱いをすることは、右各法条の否定するところではない(憲法一四条、地方公務員法一三条について最高裁昭和三九年五月二七日大法廷判決民集一八巻四号六七六頁)。二で述べたところによると、五五歳到達者処遇規定には合理的な理由があるというべきであるから、憲法一四条及び国際人権規約B規約二六条に違反しない。

四  労働基準法三条違反について

労働基準法三条にいう「社会的身分」は、生まれによって決定されるものを指すと考えるか、後天的なものを指すと考えるかの見解の対立はあるにしても、社会において占める継続的地位であり、他者とは違う存在であることを前提とするが、一定の年齢(五五歳)に達したことは、誰でも同じように不可避的にその年齢に到達するといえるから、「社会的身分」には当たらないものと解するのが相当である(最高裁昭和三九年五月二七日大法廷判決民集一八巻四号六七六頁)。

よって、五五歳到達者処遇規定が、自己の意思によっては逃れることのできない年齢という社会的身分を理由として賃金その他の労働条件について差別的取扱いをするものであることを前提に、労働基準法三条に違反するとする原告の主張は失当である。

五  同一労働同一賃金の原則違反(公序違反)について

我が国の実定法上同一労働同一賃金の原則を肯定することはいまだ困難であるから、五五歳到達者処遇規定がこの原則に違反し、公序に違反することを理由とする原告の主張は理由がない。

六  結論

以上の次第であって、原告の請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 髙世三郎)

別紙(略)

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